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2008年9月

2008年9月30日 (火)

〈原罪〉と〈幻想〉

昨日今日と二日連続でわいせつ教師逮捕のニュースが流れた。「またか…」という思いを禁じ得ない。最近はこういうニュースにも少々慣れてしまったところがあって、ぼく自身も世論も感覚的に麻痺してきているようだ。さすがに去年の秋のように現役教頭となるとショックが大きいが(しかもあの事件の現場は札幌だった)、普通の、と言ってはなんだが、最近は一般的なわいせつ事件では驚かなくなってしまっている。そんなぼくでも、今回は二日連続の報道ということで少々驚いてしまった次第である。

今回は二件とも、教え子に対するわいせつ行為だ。一件は埼玉県の小学校教師(56)の小1女児へのわいせつ行為、もう一件は東京都の高校教師(52)の高3女子生徒へのわいせつ行為である。高校教師の方は論文指導と称してホテルに連れ込んだというのだからあきれる。

ぼくが今回このわいせつ事件について語ろうと思ったのは、実は二日連続で教師が逮捕されたことだけが理由なのではない。去年の現役教頭もそうだったが、今回の二人も年齢が五十代なのである。「五十路にもなってなんなのだ」というのは簡単だが、ちょっと考えてみようと思った。

ぼくは現在42だが、四十路を迎えて声を大にして言いたいことは、若い頃に漠然と感じていた「年齢を重ねるとともにアイデンティティが獲得され、次第に小さなことで頭を抱えたりくよくよしたりすることが少なくなっていくのだろう」という〈大人のイメージ〉はすべて嘘っ八だった、ということである。ぼくは15のときも25のときも35のときも、小さなことに頭を抱え、ほんの些細なことにもくよくよし続けてきた。そして42の現在も同様に頭を抱えくよくよしているのだ。

いま目の前にいるぼくの教え子たちも、もしかしたら大人になれば悩むことからも孤独感からも解放されるのではと幻想を抱いているかもしれない。しかし、ぼくらは彼らより少しだけ先の人生を歩む者として、「それは幻想だ。中年になったってその苦しみからは解放されないよ」と〈ほんとうのこと〉を語ってあげなければならないのではないか。むしろきみたちも経験してきた小学校時代とか、それ以前の幼少時時代のほうが悩みのない幸せな時間だったのだと。〈大人幻想〉は文字通り〈幻想〉だよと。15のときに「25になれば…」、25のときに「35になれば…」、35のときに「45になれば…」なんて未来に精神の安定を期待するのは、〈人生のからくり〉に過ぎないと。

そしておそらく、50になっても60になっても70になっても、この〈かにくり〉はまさしく〈からくり〉として機能し続けるのだろう。保護者を見ているとわかってくることがある。十代で子供を産んだ若い母親も、適齢期に子供を産んだ一般的な母親も、高齢出産でやっと子供を与ったという還暦に近い母親も、みんな子育てで同じように悩んでいた。いや、年齢が高くなればなるほど、悩みは深いようにさえ思えたほどである。それが現実だ。

おそらく今回の二人の教師も悩み戸惑いながら教員人生を歩んできたのだろう。56歳といえば全共闘に乗り遅れた世代である。52歳といえば足下から湧き上がってくる新人類世代におののいた世代である。いずれも世代的アイデンティティをもちにくかった世代と言われる。本当か嘘かはぼくにはわからない。しかしそういう実感を語る人間たちと同じ世代ではあるということだ。彼らはどこか時代に乗り遅れた、中途半端な世代なのかもしれない。

こういう決めつけに何の意味もないことをぼくも知っている。けれども五十代前半に心の病による休職者や自殺者が多い現実なんかを見ていると、彼らのメンタリティには、ただただバブルを謳歌した楽観的なぼくらの世代にはわからない、〈原罪〉のごとき感覚が巣くっているように見えるのだ。

そこに現れたネット社会、高度情報化社会である。ビデオもDVDもインターネットも、ある観点から見れば「人々がもともと持っていなかった欲望を、人々にもともと持っていたかのように錯覚させ、その錯覚的・幻想的欲望をどんどん拡大増殖させる」メディアである。去年のわいせつ教頭も含めて、模糊とした〈原罪〉意識を持ち、孤独で、世代アイデンティティが拡散しているおじさんたちは、 この構図にまんまと引っかけられてしまったのだろう。こんな構図に引っかけられて、この世界には存在しない〈幻想〉と自分の具体的な〈現実〉との狭間に生きるようになってしまったのである。「おじさんを愛してやまない女子高生」や「おじさんの躰をさわって性に目覚める少女」なんていう馬鹿げた幻想は、エロビデオとエロサイトの中にしかない。

昔から少女幻想は川端康成や谷崎潤一郎が描いてきたし、老いと性欲の問題は伊藤整や中村真一郎が描いてきた。しかし、彼らの行為にはそういった〈耽美的な性〉の欠片もない。「論文指導とラブホテル」にしても「小1女児に対する性的幻想」にしても、想像力というにはあまりにも表層的なレベルで構築されたインターネットや映像メディアによる負の産物である。比喩的に言えば、かつての「にっかつロマンポルノ」にあったロマンが欠落しているとでもいおうか(笑)。

この二人がそうだとは言わないが、ネットをはじめとする今日のメディア社会は、そうと自覚しないままになんとなく他人に流されながら生きてきた、免疫のない善良なおじさんたちを、次々に「性的欲求を増幅させ続けるエロじじい」や「小さな差違に敏感になったルサンチマンじじい」へと変容させていく。

いずれにしてもいい年にもなって馬鹿げた罪を犯してしまったのだから、法的には自分で責任を取り、法を超えたところに現れる家族や世間やなんやかやの取りようのない責任に怯えながら生きていくしかない。同情はしないが切なさは残る、そんな事件である。

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〈可能性〉の魔力

『いつまでもデブと思うなよ』(岡田斗司夫/新潮新書/2007.08.16)が去年の秋から今年の冬にかけてベストセラーとなった。私もデブなので、初めてこれを書店で目にしたとき、なかなか挑発的な書名だなと感動してしまった。「いつまでもデブと思うなよ」という挑発は、書店で目にしたデブさんに、「いつまでもデブではいない可能性」を想像させてくれる。しかも食べたものを記録するだけという手軽さが、「自分にもできるかも…」と、読者の頭の中の「可能性」を更に膨張させていく。私はこの本を読んでいないので、これ以上くわしいことはわからないのだが、おそらく「食べたものを記録すること」によって、記録する瞬間瞬間に罪悪感が醸成されていき少しずつ我慢を重ねることになる、その結果、急激なダイエットでもなく、苦行に耐えるようなダイエットでもない、現実的なダイエットが可能になるという提案なのだろう想像している。

さて、この本をベストセラーにしたのは、かつての「東大オタク学講座」の著者としての岡田斗司夫の人気でもなければ、食べたものを記録していくというダイエット手法の実現性がありそうだからでもない。おそらくは「私にもできるかも…」という、いわゆる〈可能性の魔力〉がその要因である。この書名の魅力はそこにある。

これが、「いつまでもハゲと思うなよ」では、絶対にベストセラーにはならない。デブには痩せる可能性があるが(実際には、多くの場合ほとんどないけど)、ハゲがフサフサになる可能性は天変地異でも起こらないかぎり不可能と見てよい。「いつまでもハゲと思うなよ」とカツラを勧めたり、増毛剤を毎日2回、3年~5年続けると効果が出ますといわれても、そこに読者は〈可能性〉を見出すことができない。少なくともそこに〈魔力〉はない。多くの読者にとってカツラは選択肢の枠内ではないし、増毛剤使用を継続する忍耐力が自分にないことなど多くの人が熟知しているからである。

この構図は、「いつまでもブスと思うなよ」と美容整形を勧めても同様だし、「いつまでもチビと思うなよ」と長身運動を勧めても同様である。ただし、成長期の子どもについてはこの議論の外である。

では、「いつまでもバカと思うなよ」ならどうか。成績が悪いという程度のバカなら〈可能性〉を想像できるかもしれないし、「バカの壁」的バカならもうちょっと無理…と判断されるかもしれない。いずれにしても、個々人の「バカ」という語のとらえ方次第ということになるだろうか。数十万とか百数十万の教材がある程度売れている現実を見ると、前者への幻想はこの国ではまだまだ衰えていないのかもしれない。

さて、学校教育である。

我々教師が、もしこの〈可能性の魔力〉を熟知して、子どもたちが「実現するかも…」と思えるような魅力ある〈可能性の魔力〉を提供し続けることができたとしたら、学級経営のマネジメントはとても簡単になるかもしれない。

いわく
「これで友人関係に悩まないでいられるよ」
「これで人気者になれるよ」
「これであの高校に入れるよ」
「これで学校祭ステージでスターになれるよ」
「これで合唱コンクールは優勝できるよ」
「これであの子とつきあえるよ」
「これでお母さんも納得するよ」
などなど……。

もちろんそれぞれの「これ」には具体的な手立てが入るわけだが、その手立てに必要な条件が4つある。

一つは、時間的にあまりに遠い話ではないこと。「今年は無理だけど、来年の合唱コンクールで優勝するために、今年は○○をやろう」「3年後に○○高校に入るには、毎日○○という努力を続ける必要がある」では、子どもたちは「ああ、たぶんそりゃ続かないや」と思うだろう。

二つは、手立てに具体性があること。「がんばれ」「やる気出せ」「テンション高く」といった抽象的な言葉は、現代人には通じない。現代社会で時代の風を真正面から受け止めて生きている子どもたちとてそれは同様である。「○○には3つのポイントがある。AとBとCだ。ただし、Bにおいては○○という留意点があるから気をつけるように」といった具体性が絶対に必要だ。これによって、子どもたちは頭の中で自分がその行為を行うことを想像しイメージ化することができる。これがない手立てはもはや手立てとはいえない。

三つは、「強いられる努力」と「得られる効果」とを比べたときに、想像される効果が想像される努力よりも大きいとイメージできること、である。例えば、昔のように血のにじむ努力をしてこそ試合に勝ったときの大きな感動が生まれるという論理は、いまの子どもたちには通じない。言葉では理解するものの躰がついていかないという現実がある。

四つは、ひとたびその努力が始まったら、それが継続できるように小さな刺激を与え続けるか、感動が増幅していくようなシステムをつくるかをしなければ、必ずいまの子どもたちは挫折するということが挙げられる。教師が提示した〈可能性の魔力〉が挫折する経験は、たとえそれがたった一度であっても、教師への信頼の崩壊につながる。その後は何を言ってもダメになる。多くの教師は初動で子どもを乗せることに成功したことに満足してしまう傾向があるが、それだけでは足りないのである。この点は強調しすぎても強調しすぎるということがないというほどに重要な点である。

要するに、〈可能性の魔力〉とは、あくまでも「経済効率」をはずさずにマーケティング理論的に「そうと気づかれない権力」(環境調整型権力)を発揮することを意味しているのである。フーコーの監獄理論の教育への意識的な導入、すなわちマーケティングなのだ。この観点をもたなければ、先日話題にした「教育のサファリパーク」なんかも絶対につくれない。

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2008年9月29日 (月)

子どもたちの〈学力〉と同じくらい教員の〈活力〉が低下している

「どうも仕事がおもしろくない」という声を最近よく聞く。

同世代から聞くだけなら「20年も仕事を続けていれば大なり小なりそうなるよ」と、要するに倦怠期だという解釈が成立するのだが、老若男女を問わず多くの教員からこの声があがっているのを見ると、単純に倦怠とか諦観とか、飽きたとか疲れたとか、そういう個人ベースの問題ではないような気もしてくる。教員にとって何かモチベーションを低下させるシステマティックな現象が起こっているのではないか、そう考え始めた。

教育界における今年一番の出来事といえば、普通に考えれば新指導要領の告示なわけだが、今年という年は前回の指導要領改訂で考えれば1999年にあたることになる。現行の指導要領が告示されたのが98年の12月だったから、実質的に告示によって影響を受け始めた1年は99年だったはずだからだ。あの年の盛り上がり方は、今回の改訂とは比べものにならないくらいエキサイトしていたことは記憶に新しい。「総合的な学習の時間の創設」「学校週五日制の完全実施」「選択履修枠の拡大」「心の教育の充実」などなど、あの指導要領のキーワードはどれ一つとっても、教員にとって、ドキドキ・ワクワクするにしても不安感・恐怖感を覚えるにしても、いずれにしても他人事としては捉えられなかった。

ところが今回の指導要領改訂は、週1時間授業が増えて「あ~あ、また放課後がなくなるなあ」という思いはあるものの、選択教科がなくなって「総合」が減り、要するに多くが従来の一斉授業形態に戻るわけである。ドキドキ・ワクワクもなければ不安感も恐怖感も皆無である。だって週2時間の「総合」以外は、普通に教科書を使って普通に授業をすればいいってのが見えてるんだから。学力テストの結果で学校間格差・地域間格差を明らかにするよとか、教員評価制度で給与格差をつけるよとか、今後おどされそうなニオイも漂ってくるけれど、「だからといってがんばろう」と思う教員なんて、ごくごく一部の、いわゆる「上を見ている人たち」だけだろう。いや、「上を見ている人たち」だって実際には、自分で切り開いていく能力のある人とイエスマンになって右倣えでついていくだけの人に二分されるわけで、更には後者が前者より圧倒的に多いのもあたりまえの話で……とまあ、なにもおもしろいことの起こる気配がない。

安倍内閣から福田内閣に移行して、世論の注目が「教育」に向かなくなった社会情勢も微妙に影響しているのかもしれない。讀賣新聞の「教育ルネサンス」なんてまったく注目されない状況が続いている。だいたい当の教員が読んでもおもしろくない記事の掲載がもう2年以上も続いている、という感じ。保護者によるクレーム、いじめ・不登校対応など、世論が盛り上がって学校も対策を講じるようになり、ある程度のノウハウが蓄積されてきて、よほどのモンスターでもないかぎり納得してもらえなくてこじれるという事態にも陥らなくなってきた。

簡単に言えば、政治もマスコミも保護者も現場も、教育に携わる者すべてが「下をなくす教育」を目指してきた結果、まずまずのところで妥協してしまい、学校教育から「活力」が失われてしまったのである。

つまりこういうことだ。

ここ10年ほど、教育は「○○のない学校」が目指されてきた。「いじめのない学校」「不登校のない学校」「学力が低下しない学校」「学級崩壊のない学校」「指導力不足教員のいない学校」「不適格教員のいない学校」などなど。その結果、「なぜいじめが起こるのか」とか「なぜ不登校が起こるのか」とか「学力を向上させるにはどうするか」とか「もっともっと学力を向上させるにはどうすればいいのか」とか「崩壊しない安定した学級運営の要素とは何か」とか「指導力不足教員や不適格教員の力量を高めるにはどういった研修の在り方がよいのか」といったポジティヴな議論が影を潜めてしまった。結局、「いじめ」や「不登校」の当事者にはただただ温かく包み込む振りをして目先を変え、学力低下はドリル学習や補講を重ねることでアリバイをつくり、指導力不足教員は担任をはずされ、不適格教員は懲戒処分で排除する、そういう手立てだけをとってきた感がある。こうして現場の教員は「これをやりたい」「あれをやろう」という発想を持ちづらくなり、意識的にせよ無意識的にせよ、「やらねばならないことを的確に処理すれば安全である」という態度をとるようになった。

しかし、これはあたりまえなのだ。「○○のない学校」というのはあくまでも「マイナスのない学校」に過ぎず、「○○のない学校」をいくらつくっても「いい学校」「プラスの学校」にはなり得ない。そこにあるのは「現状維持の思想」であって「向上的変容の思想」ではない。労働意欲というものは「労働条件(=給料や労働時間、必要とされる労力、出世など)」と「自分が役に立っているという実感(=自らの努力によって子どもたちが成長しているという実感、自分の努力によって学校がよくなっているという実感、自分の働きは上司から高く評価されているという実感など)」との掛け算で自発的に生まれてくるものであるから、もともと「労働意欲」と「現状維持の思想」とは折り合いが悪いのである。

最近、コーチングの世界で、〈マネジメント〉の定義として「つねに新しいこと」という主張が出てきている。「つねに新しいことに取り組み続けること」だけが〈マネジメント〉の安定を成立させるという趣旨なのだが、全国の校長もそろそろこういう在り方を意識し始めたほうがいいかもしれない。教員という仕事の魅力が安定した給料と世間知らずでもできる職業という二つしかないなんて悪口を言われるようになって久しいが、これでは人材も流出してしまうというものだ。活力のない組織、活力のない職種に人は集まらない。

最近、転勤を希望する教員が増えてきているのも、こういう事情が関与しているのだと思う。だって転勤すれば、一応新鮮な気持ちになることができて、個人的な活力だけは抱くことができますから。まあ、それも一年程度のことですけどね。

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2008年9月28日 (日)

前略、中山成彬様

おもしろいもので、中山成彬前国交相が批判したことで日教組が俄然注目を集め、その反論が注目され、ネット普及以来の検索の多さを数え、結局は日教組に追い風が吹いている。この流れの中で今後も中山前国交相が公に批判すればするほど、中山前国交相の意図に反して逆効果になっていくだろう。

しかし、(ぼくは組合員じゃないので言いづらいのだが、)まあ教職員の内部にいる人間にいる一人として言わせてもらえば、中山さんが考えているほど日教組にはもう力がない、と声を大にしたい。そんなにムキにならなくても、中山さんが「ぶっ壊そう」としなくても、先細りしていきますからご安心を。こういうふうに日教組に注目を集めることの方が、日教組にとってはかえってプラスになっているのではないか、そんなふうにさえ思える。

ただし、一つだけはっきりさせておきたいのは、教職員の「がん」は組合員か非組合委員かということとはあまり関係がないということである。非組にもひどいのはいっぱいいるし、組合員にも優秀なのはいっぱいいる。そんなのどこの組織でも同じである。○○という組織に属しているから優秀とか、△△という組織に属しているから優秀ではないなどということは原理的にあり得ない。

確かに日教組は法的に認められていないとはいえ労働組合だから、教員の労働条件を適正な規模にしようという運動はする。それがときに、「もっと楽にならないか」と適正規模を超えて労働条件を自分たちが必要以上に得をする方へともっていこうとする場合もあるだろう。しかし、そこは多くの人間が所属する組織である。「そこまでやっては世論の理解が得られないのでは」という政治的判断ができる人間や、「それは子どもたちにとってプラスにならないのではないか」という教育的判断ができる人間もちゃんといて、世論の動向をうかがいながら、行政との折衝でそこそこのところに落ち着くようにできているのである。

一方、非組側の人間たちの中にだって、子どもの側ではなく学校長や行政のほうばかりを見て、まったく教育的でない「学校内政治」ばかりにうつつを抜かしている輩もたくさんいるわけで、これなんかはその辺の組合員よりもずっと害悪を重ねていると言っていい。

結局、人間だれしも、自分のことを第一に考える。できるだけ楽な労働条件でできるだけ多くの報酬を求めたいという「自分のこと」もあれば、校長や行政にこび売ってでもなんとか早く昇進したいという「自分のこと」もある。なんのことはない、学校教育に限らず、「社会のがん」にならない人間というのは、その「自分のこと」を考えるときに、「子どもたちのため」とか「保護者のため」とか「同僚のため」とか「学校のため」とか「社会のため」とかも同時に考えて、自分が所属する共同体と「自分のこと」とのバランスをとろうとする人間なのだ。つねに頭の中で「自分のこと」と「自分を包む公」とのせめぎ合いをおこなっている人間、それを我々は「優秀な人間」と呼ぶのである。

そういう人間は組合員の中にもいるし、非組合員の中にもいる。言わなくても当然のことだ。そしてこれができない「社会のがん」だって組合員にもいるし非組合員にもいるし、もっと言えば校長や指導主事の中にもいる。そんなこと、人間の集団なのだからあたりまえのことなのである。

でも、そんななかでみんな頑張っているのだ。あの人は優秀だからこれだけやってもらわねばならない、あの人は能力的にそこそこだろう、あの人はちょっとポンだからみんなでフォローしなくちゃね、などなど、そうやってこの国の組織というものは動いてきたはずではないか。その組織構造はいまだって何も変わってはいない。そしてそういう国民性を我々はなんだかんだ言っても愛し続けているのではないでしょうか。

中山さんだって、その手の愛情をもっているからこそ「単一民族国家」なんて言っちゃうわけでしょ? ぼくは北海道に住む人間として、また小中学校時代にアイヌの友達と机を並べてきた人間として、こっちの発言だけは違和感をもたざるを得ません。「ごね得」発言はまあご愛敬でしょう。中山さんの辞任会見の開き直りだって、この騒ぎがおさまってしまえば「ごね得」になるはずですよ(笑)。

まあ、ぼくも組合やめてますから、そう言いたくなる気持ちはわからないでもありませんけどね。あんな上品な奥さんをおもちなのですから、どうぞお幸せに。

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〈味見授業〉と〈レシピ授業〉

だらだら週末。暇つぶしに録画しておいた「朝まで生テレビ」を見ていたら、珍しく辻元清美がおもしろい比喩を使っていた。金融政策を揶揄したものだが、新自由主義下での日本経済の状態は弱肉強食の「ジャングル」になった、かつての護送船団方式は「動物園」だった、もちろんどちらもダメなのだが、なんとか「サファリパーク」くらいの金融政策がしけないものだろうか、というのである。総論としてみな賛成だったのか、参会者はみな大笑いになっていた。

なるほどこの比喩は金融政策のみならず、現在のすべての分野の危機意識をあらわした良質な比喩である。教育を考えてもそうだ。

戦後教育は基本的に「動物園」だった。すべての子どもに社会生活の基礎となる学力を身につけさせ、日本の国力を上げるのだ、という政策である。これを均等化と批判するのは簡単だが、高度経済成長下で国民が日に日に豊かさを実感していく世相と相まって、多くの国民は満足していた。その証左は「一億総中流」と謳われた国民意識に顕著に表れた。しかし、人間の欲とは奥深いもので、下位層が中流層に昇った実感をもってしまうと、「もっと上」がいることが気になってくる。うちの子にもっと良質の教育を、という人が増えてくる。塾・予備校をはじめとする受験産業の隆盛が始まる。偏差値教育が始まる。管理教育が始まる。そして当然、マイノリティ側が「反偏差値教育」「反管理教育」を反動的に叫び始める。

ところが、80年代の臨教審依頼、日本の文教政策は国家が国際競争力をもつために、各産業が国際的に通用するような開発力をもつよう、科学技術をはじめとした「エリート教育」を進めようとし始めた。そのためには多少の規範の乱れはあったとしても、その中から輩出されてくる「超エリート」の育成こそ急務であると考えてきた。「ジャングル」を勝ち残るエリートを、である。その完成が、学校週五日制・「総合的な学習の時間」の創設を旗印にした「ゆとり教育」と称されるものだった。しかし、「ゆとり教育」とは一般受けをねらった造語に過ぎず、その実態は「できる子はもっとできるように、できない子は切り捨てる」という「エリート教育」への国家的転換であったことは古くから指摘されていた。「偏差値教育」「管理教育」に対する反動をうまくまるこめる、とても便利な用語だったのである。

さて、2000年前後の学力低下・学級崩壊の論議を経て、現在はゆりもどしの時代といわれる。社会に格差が生まれ、教育機会の均等さえくずされている。もちろん教育機会が均等であった時期などこれまで一度もないのだが、少なくとも「均等であった」と信じられていた時代があったことは確かなのだろう。その結果、もっと金を分配せよ、もっと学力保障を分配せよ、という世論が圧倒的になった。しかし、学校教育のシステムを「動物園」に戻すわけにはいかない。生徒も保護者も「動物園」システムに耐えられないほどには、うわべだけの「主権者」として、うわべだけの「消費者」として成熟してしまったからである。そうして世論は、各学校・各教員の「能力」を問題にし出した。うまく子どもたちを捌き、子どもたちの能力を発揮させられないのは各学校・各教員の能力の問題である、と。もちろん政治も、それに乗っかった。システムを変えることは政治の責任だが、各学校・各教員の能力の問題とすれば最低でも地方公共団体を、あわよくば教員個々人の努力の問題にすり替えることができる。

さて、そこで「サファリパーク」である。学校教育制度における「サファリパーク」とはいったい何だろうか。ある種のフレームを設定してその中では自由に、と抽象的に述べるのは簡単だが、具体的に有効なアイディアを出すとなると非常に難しい。

授業研究を例に考えてみよう。

一般に、実践研究する教員には二種類ある。一つは新しいアイディアを知るとすぐに飛びつき、深い素材研究、深い教材研究、深い学習者研究、深い授業課程研究もせずに、すぐに教室に持ち込み、実際に起こった現象から研究を進めようとするタイプである。成功すればいいが、半分以上は失敗して「ジャングル化」してしまう。ただし、成功すれば授業には大きなダイナミズムが生まれる。そういうタイプの実践研究である。いま一つは、なにがしかの新たな試みをする場合に、すぐには実践に移さずに、とにかく素材研究・教材研究・学習者研究・授業課程研究を徹底し、ある程度のパッケージになるまで授業にかけないタイプである。時間をかけて検討しているだけに大きな失敗はほとんどないが、深く分析され検討される過程で素材のダイナミズムは削ぎ落とされ、授業は「動物園化」しやすい。そういうタイプの実践研究である。私は前者を〈味見授業〉、後者を〈レシピ授業〉と呼んでいる。

では、少なくとも教員の実践研究における「サファリパーク」をどう構築するか。

〈味見授業〉は力量の高い一部の教員にとっては、たいへん魅力的な研究形態である。現在、「つねに新しいこと」がマネジメント成功への最も近道といわれているが、その点から考えても理に適っている。しかし、残念ながら、力量の伴わない後続の若手たちが勘違いをし、次々に新たな試みを導入しては捨ててしまい…と、結果的にまったく力量形成につながらないという例が多々見られる。結局、ベンチャー企業同様、教師格差を招いてしまっているのである。

一方の〈レシピ授業〉のほうはというと、旧態依然としたマネジメント感覚を前提としているために、一斉授業の勘所を得るという意味での若手の力量形成には秀でている。しかしながら、「冒険をしない」「新たな試みに慎重である」という態度は、実はモチベーションの維持が難しいという側面をももっている。その結果、若いときこそ先輩教師について研究実践に精を出すものの、自分が学級運営・授業運営に困らない力量をつけてくると足を洗ってしまう藻のが多くなる。部活動指導に熱心になったり、自分の趣味に夢中になったり、子育てを第一義に悪い意味での公私の切り離しといった状態に陥りやすい。その結果、著しい教師格差を生じないかわりに、仕事がルーティンワークとして意識されるようになり、「食うために働く」だけのサラリーマン教師になっていく傾向が強い。この手のタイプが研究実践を続けるのは、官製の研究団体が地域の出世構造と連動している場合に限られると言っても過言ではない。

簡単に言えば、若手教師を惹きつける〈味見授業〉の魅力と、確かな力量形成を保障する〈レシピ授業〉の安定性とを同時達成する授業研究システムをどうつくるか、それが実践研究の問題点なのだ。いちばんいいのは、amazonのような「あなたのやりたい授業はこれではありませんか?」「そのためにはこんな実践がありますよ、こんな本がありますよ、こんな研究団体がありますよ」「追試してみての感想をレビューとしてお書きください」なんていう、オープンソース型のデータベースでもできればいいのだろうが、なかなか難しいだろう。実現のためには行政が強制するか、TOSS-LANDのように閉じられた目的的な集団が行うかしか、モチベーションを維持させられないからである。

だれか目の覚めるような「サファリパーク-システム」を開発してくれないものかなあ。教師が老いも若きも一斉に活気づくような、目の覚めるようなシステムを。教師に活気が出れば生徒も活気づくし、生徒が活気づけば保護者のクレームも間違いなく減るんですけどねえ。そういう構造だけは今も昔もとてもシンプルなんですけどねえ。

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2008年9月27日 (土)

〈学級崩壊力〉に自信あります?

〈指導力〉〈授業力〉〈学級経営力〉〈コミュニケーション力〉まではまあいいとして、〈教師力〉〈学校力〉〈人間力〉〈老人力〉〈鈍感力〉と、なんでも〈力〉をつければ何かを新しいことを言っている、最近そんな風潮があります。

それなら私も。

〈KY力〉 … 敢えて空気を読まずに自己主張する力。成功すれば、自分が生きやすくなるような新しい空気をつくることができる。
〈オタク力〉 … 皆が理解できないような独特のものに興味関心を示し、他を顧みずに執着する力。理解者を少しずつ増やしていくことで新たな流行をつくれる可能性がある。仮につくれなくても、全国に散在する同じ趣味の人間たちで、2ちゃんねるに独特のコミュニティをつくることができる。いずれにしても幸せになれる。
〈アナーキー力〉 … 常に無法地帯、無政府状態にする力。どうすれば混乱するかを考えているうちに、システマティックに混乱させることを考え始め、結局、アナーキーではなくなる。
〈再チャレンジ力〉 … 失敗にめげずに再チャレンジする力。再チャレンジして成功し、時がたってまた失敗。更に再チャレンジ。この力がつけばつくほど、たとえ成功してもまた再チャレンジしたくて、わざと失敗するようになる。
〈セーフティネット力〉 … 弱者やマイノリティをすべて救っていこうとする力。どんな弱者・マイノリティが存在するか、つねに目を光らせ、ことごとく救っていく。そのうち、国民の労働意欲がなくなっていく。ハングリー精神が死語になり、オリンピックも弱くなっていく。

冗談はこれくらいにして。

さてさて、教師のみなさん。〈学級崩壊力〉に自信あります?

〈学級崩壊力〉 … 新たな学級を担任したとき、迅速かつ的確に〈学級崩壊〉の状態を形成する力。

これ、力量のない教師より、力量のある教師のほうが迅速かつ的確に学級崩壊を起こせそうですよ。だつて、力量のある教師なら、何が子どもを荒れさせるか、何が子どもの意欲をなくさせるか、よくわかってますもの。

力量のない教師は、学級を長く安定させることができないだけじゃなくて、学級を早く崩壊させることもできないわけです。

私なら、次のようにしますね。

1.給食のおかわりをある子どもには認め、ある子どもには認めない。しかも、認めない言い方は激しく強くいう。認める子どもがちょっとやんちゃな子、認めない子どもがおとなしめの子なら、なおいい。
2.3日くらいたったら、前回認めた子には厳しく認めないといい、前回認めなかった子には「勝手にどうぞ」という。
3.最初の給食からこんなことをやれば、4月の第三週には、間違いなく、晴れて学級崩壊するでしょう。

1.初めての掃除当番のときに、勉強のできない子を教卓の横に座らせ、熱心に勉強を教える。
2.他の子どもが「なぜ、その子は掃除しないのか」と訊いても、「掃除より勉強の方が大切なんだ」と答える。
3.掃除の仕方について子どもに何か訊かれても、「自分で考えなさい」という。
4.これは給食よりはちょっとインパクトがなくて、4月第四週の崩壊かな。

1.帰りの学活で日直が「次は先生のお話です」と言ったのに対し、「特に話はありません」とチャイムも鳴っていないのに子どもたちを教室から出す。
2.他の先生に「こら!まだチャイム鳴ってないだろ!」と怒鳴ってもらう。
3.それに対して、自分も「なんだ!勝手に出やがって!」と怒鳴る。
4.これを3日続ければ、間違いなく3日で崩壊します。

まだまだアイディアはありますが、今日はこのへんで。

要するに、〈学級崩壊〉を迅速に起こすということは、〈日常の学校生活〉の象徴をいかに強烈に壊すかということなのだ。とすれば、裏を返せば、〈学級崩壊〉を起こさない学級経営というものは、いかに〈日常の学校生活〉をシステマティックに構築するかということなのである。一瞬の盛り上がりをねらう「打ち上げ花火」が好きな教師ほど〈学級崩壊〉を起こしやすい。「打ち上げ花火」で学級経営するには、一年分の花火、つまり200連発の花火が必要なのである。そんなことは凡人の業ではない。

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〈PISA型読解力〉ってなに?

学校現場では、〈PISA型読解力〉が大流行である。学校教育を構成する中心的要素として〈読解力〉が位置づけられたのだから、当然といえば当然。

よし!しからば私もひとつ、真剣に考えてみよう。

と思って思考すること30秒。とたんにつまずいた。うーん、これは先に進めない…。

浮かんだ疑問は基本中の基本、「〈PISA型〉ってなに?」である。

もちろん私も、〈PISA型〉の〈PISA〉がPIZZAのことなどでなく、OECDの学習到達度調査の国際比較であることくらいは知っている。その〈読解力〉の問題が文章を基本とした〈連続型テキスト〉と、図表その他の〈非連続型テキスト〉との二種類からなることだって知っている。これまでの3回の調査で、日本の子どもの〈読解力〉の順位が少しずつ落ちてきていることだって知っている。

私がつまずいてしまってのは〈PISA〉ではない。〈型〉の方である。

〈PISA型読解力〉という用語を用いたのは、かの秀才集団「文部科学省様」である。官僚の使う用語は一言一句、無意味ということがない。うーん、〈型〉ってなんだ?

こういうときは、なにはともあれ広辞苑。

 … ものを類に分けた時、それぞれの特質をよく表した典型。そのような形式・形態。タイプ。パターン。「ハムレット-」「流行の-」

ふむふむ。なるほど、〈型〉とは「典型」であり「形式」であり「形態」であり「タイプ」であり「パターン」であるわけだ。わかったようなわからないような。これらの語も調べてみると、「特徴を最もよく表しているもの。模範」とか「うわべに現れた形。外見」とか「作品を構成する諸部分の配合の仕方」とか、これまたわかったようなわからないような。

よし、ここは文脈をいじって独自思考。接尾を変えてニュアンスの違いを考えてみよう。

PISA的読解力
PISA然とした読解力
PISAの読解力
PISAな読解力

こりゃだめだ。よけいにわかんなくなる。

もう一つ。

PISAfulな読解力…なーんて言い方もできるかも。

要するに、こんなふうにいろいろこねくりまわしてみるのが、〈PISAful〉なんですなあ、きっと。

ん?

〈PISAtic〉ってのもあるなあ。〈PISAtic〉ってのは……もういいか。やめよ。まじめに考えてる諸先輩に叱られそうだから。

こんな私が、1ヶ月後に十勝研修センターで〈PISA型読解力〉の講座をもちます。なんと2時間半。十勝のみなさん、是非来てください。

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2008年9月26日 (金)

〈いじめ指導〉の逆説

子どもが「いじめられた」と感じれば、それが「いじめ」である。これが「いじめ認定」の原理だという。何日か前に、この認定原理について批判的に述べたので、今回はその対策について考えてみようと思う。

子どもが「いじめられた」と感じれば、「いじめ」であると認定する。この認定原理の中で、多くの教師は何をするか。間違いなく「悪口ダメ」「いじりダメ」「人を馬鹿にしちゃダメ」「乱暴な言葉遣いダメ」「人を無視しちゃダメ」「ひそひそ話はダメ」「人の方を見て笑っちゃダメ」……などなど、ダメダメ指導のオンパレードになる。

中には、「あの子が私のほうを見てひそひそ話をしていた。私はいじめられている。」という訴えを聞いて、教師が確認してみると、ひそひそ話の話題はちょっとエッチな話。まったくその子のうわさ話などではなかった。こんなことがよくある。そんなときさえ、教師は「人前でこそこそと話をするから、そんな誤解を受けるんだ。」などと指導せざるを得ない。しかし、少々エッチな話をするくらい、別に罪ではない。だいたい、エロ話を堂々と大声でするようになるとすれば、それはそれで問題になるはずだ。

また、こんなこともある。これまで仲の良かったAとBが、つい先日、口喧嘩をした。その日以来、二人は口をきかない日々が続いている。数日たって、Aには次第にそれが寂しく思われてきた。ところが、一方のBにとっては、その喧嘩はもうAとはつきあわないと決意するほどに決定的な出来事だった。ある日、Aが、Bにあやまろうと思って話しかける。しかし、Bは応じない。Aに背を向けて、最近になってよく話すようになったCとともにどこかに行ってしまった。Aは担任に訴えた。「私はBにいじめられている。Bが私を無視している」と。果たしてこれは「いじめ」だろうか。両成敗されるべき口喧嘩に過ぎないのではないか。しかも、Bが今後もAとつきあい続けなければならない理由など何もないのである。
 子どもが「いじめられた」と感じれば、それが「いじめ」である。

「いじめ」の認定方法をこのように決めてしまうと、上のような事例でも、いじめ被害を訴えた側が必要以上に保護され、いじめ加害を訴えられた側は必要以上に悪者にされる。確かに、いじめ被害の訴えから「いじめ」が発覚し、いじめ加害生徒に指導することによって大きく発展するのを防いだという事例はたくさんある。しかし、学校現場の中には上のような事例も、数限りなくあるのだ。

なぜ、教育現場は、或いは教育行政は、更には教育関係の識者まで含めてだが、いじめ被害を訴えた子どもをただちに保護し、即座にいじめ加害の子に毅然とした指導を、という論調ばかりになるのだろうか。それは、いじめ被害を受けている子のみに立って主張することが、自分の身を守ることになるからではないのか。深く考えることもせず、データを分析することもなく、ただ自らの安全だけを考えて思考停止の言説をふりまいてはいないか。

よくよく考えてみて欲しい。

もしも本当に、子どもが「いじめられた」と感じれば、それが「いじめ」であるというのであれば、逆に、もしも相当深刻な「いじめ」であるのに、その子が鈍感で「いじめ」だと感じていなければ、それは「いじめ」ではない、ということになってしまうのである。この場合は、指導しなくていいのか。いま、すべての子どもがいじめをしない学校が目指されている。いわゆる「いじめ撲滅運動」である。しかし、「いじめ撲滅」にはもう一つ手立てがある。すべての子どもが「いじめられた」と感じない強い子どもになる学校である。

そんなことは無理だ、という声が聞こえてきそうである。しかし、だれもいじめない学校と、だれも「いじめられた」と感じない学校は、どちらがどのくらい実現が難しいだろうか。

答えは簡単だ。どちらも同じくらいに難しいのだ。

とすれば、「いじめ被害」を訴えた子を絶対善とするような一面的な見方だけをしないで、「そうそうのことではへこたれない子どもを育てる」といった教育も、もう少し真剣に考えられてもいいのではないか。

私は何も、子どもが「いじめ」を「いじめ」と感じないように鍛えるべきなどと主張したいわけではない。ただ、「いじめ」指導をただ単に被害・加害の関係のみに還元してしまわないで、一度、「いじめではない程度の悪ふざけをいじめとは感じさせない教育」という逆説も視野に入れてみてはどうか、と言っているのである。もちろん、それだけやればいいというのではない。また、そんな教育が現実的にあり得るのか否かも、いまの私にはわからない。しかし、一考の価値はあると思うのだが。いかがだろうか。

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2008年9月25日 (木)

変わり者のにおい

「ヤマ場CM」という語をご存知だろうか。ドラマの見せ場やクイズの解答直前でパッとCMに切り替わる、アレである。番組のキリのいいところで流される「一段落CM」と区別して、こういうのを「ヤマ場CM」と呼ぶのだそうだ。見ている側としてはイライラする。イライラしないのは「もう少し考えたいなあ」と思えたときのクイズ番組くらいか。

この「ヤマ場CM」について興味深い調査がある。日本は欧米に比べて「ヤマ場CM」が圧倒的に多いというのである。ちなみに、日本での「ヤマ場CM」率は40%程度。これに対し、アメリカが14%、イギリスが6%、そしてフランスはなんとゼロなのだそうだ。

しかし、これだけならばそれほどのインパクトはない。日本の広告主が商業主義的であるとか、視聴者を惹きつけるための工夫に余念がないとか、利潤追求を旨とする企業としては当然のことと思われるからだ。

実は、この調査の面白いところはこのあとである。横行する「ヤマ場CM」に対して、日本の視聴者の実に86%が「不愉快」「イライラする」と感じており、しかもそのうちの多くが「ヤマ場CMの商品は買いたくない」と答えているというのである。簡単に言えば、企業がよかれと思って工夫していることが、かえって視聴者(延ては消費者)の反感を買っているということになる。〈以上慶応大学・榊博文・2006/『グーグルが日本を破壊する』竹内一正・PHP新書・2008.04・孫引き〉

その昔、授業を「ヤマ場」で切るという手法をためしていた時期がある。一番いいとき、これから面白くなるとき、つまりそれまでの謎がいよいよ解決する、そんなときに、「じゃあ、続きは次の時間ね」と授業を終えるのである。私としては、授業内容に対するモチベーションとはどのくらい続くのか、或いは続かないのかということに関心を抱いてのことだった。

私がこんなことを始めたのは92年か93年頃のことだったと記憶しているが、当時の生徒たちは、休み時間にサッと私の周りに集まり、「ねえねえ、なんなの?」「私にだけ先に教えて」などとしつこく問いただしたものである。次の日の朝、廊下ですれちがったときに、「先生、昨日のあれですが…」などという生徒さえ珍しくなかった。

これが通用しなくなったのが、2000年頃だったろうか。いや、通用しなくなったというのは語弊がある。私がこれを始めた頃だって見向きもしない生徒もいたし、現在だってまったく問いただしてくる生徒がいないわけではない。この手法に食いついてくる生徒は、現在もそれなりに存在する。しかし、食いつく生徒が明らかに減っているのである。それも激減と言っていいほどに。

更に、私にとってもっと不思議なのは、90年代前半には、学級のリーダー的存在を中心に、ごくごく普通の感覚をもっているように見える生徒が食いついてきたのに対し、現在は、「この子は皆とちょっと異なった独特の感性をもった子だな」と思われるような生徒が食いついてくる、ということである。

おそらくこの20年で、社会を包む「空気」に圧倒的な変化が生じたのである。私が教職に就いた頃には、学校が様々に批判されながらも、まだまだ「勉強は先生に教えてもらうもの」というテーゼが世の中を支配していた。生徒たちもその「空気」の中に生きていた。それが90年代の半ばから後半にかけて、風が変わり始めた。いや、風が変わったのはもっと前で、この時期に完全に浸透し始めたということなのかもしれない。いずれにしても、学級リーダーは「よく先生の話、先生の意図を理解する者」から、「他人を巻き込みながら、自分で選択する者」「他人に対して、自分への興味関心を喚起できる者」に変わったのである。

この変化はおそらく、時代の象徴的企業が、充実したPCを提供することにこだわり続けたマイクロソフト社から、人々の興味関心を把握してそこに関係性を結んでひと儲けしようとするグーグルへと変わったことと、どこか対応しているように思える。最近、先生が大好きで、「先生の話を理解しよう」「先生の意図を理解しよう」とする生徒には、どこか「変わり者」の匂いさえ感じられる。教師が普通の生活を送っていて感じるほどだから、生徒たちはもっと敏感に感じているはずである。

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2008年9月24日 (水)

人の振り見て我が振り直せ

子どもが「いじめられた」と感じれば、それが「いじめ」だという。とうとう教育行政までもが、この定義を採用し始めた。わたしはこの定義には問題があると思う。

子どもが「いじめられた」と感じれば、それは「いじめ」である。では、子どもが「いじめられた」と感じた事実を、保護者や教師はどうやって知るのか。当然、子どもが「いじめられた」と訴えることによって知る。ということは、このテーゼは、子どもが「いじめられた」と言えば、それは「いじめ」だ、というのと現実的には同義となる。小学校低学年ならまだしも、十歳前後になれば「嫌いなあの子を困らせてやろう」くらいのことは考えられるようになる。このテーゼは原理的に、意地の悪い鬼っ子に金棒を与えてしまったことになるまいか。

もちろんそんな鬼っ子など滅多にいるものではない。しかし、少数ではあるが確かに存在するのも事実。現在、40人学級と言われているがそれは制度上のこと、現実の学級は平均30人前後である。30人の中にもしもそんな鬼っ子が一人いれば、学級は間違いなく大混乱に陥る。なぜなら、担任が「きみは、本当はいじめられてなどいないのではないか」と問いただすことを封じられてしまったからである。しかもその訴えを真に受けて、名前のあがった「いじめっ子」被疑者たちに、「おまえ、○○をいじめただろう」と迫ることもできない。「教師はつねに子どもと信頼関係を結ぶことが大切です。そのためには子どもを信じ、決して一方的に疑ってはいけません。」というのも、これまた学校教育を縛りつけている大前提のテーゼだからだ。

では、実際、学校はどうするか。まずはじめに、いじめ被害を訴えた子どもに、「あなたは悪くない」「先生がなんとかするから安心しなさい」と包み込むことになる。次に、いじめ加害として名前のあがった子どもに「こういう訴えがあるのだが……」と事実確認をすることになる。ここで「はい。いじめました。すいしませんでした。」となればいいのだが、そんなことはまずあり得ない。少なくともわたしの20年近い教師生活では一件もなかった。複数の目撃情報を集めてなんとか口を割らせたという場合が7割、最後まで否定し続け、学級に対する一斉指導で抑止力を効かせたという場合が3割、現実はそんなものである。

しかし、これはまだいいほうで、多くの場合、いじめ被害の訴えは「報復が怖いので加害者をあからさまに指導しないでほしい」という要望とセットで行われる。結果、いじめが起こらないようにと、教師はいじめ被害を訴えた子どもに見守り続けることになる。つまり、その子につきっきりになる。「見守る」とか「安心感を与える」とか言い方はいろいろあるが、要するに監視するわけだ。だって、もう一度、「いじめられた」なんていう訴えがあったら大変ですもの。今度は、学校が「いじめ」と認定し手立てを打っていたにもかかわらず起こった、とんでもない「いじめ」になってしまいますから。学校の指導は甘かったのではないか、学校は子どもとの信頼関係を築けているのか、学校の指導が適切でなかったから報復が行われたのではないか、そういう声があがってくることになる。

ひとたび「いじめられた」という訴えがあれば、学校はすぐに動き出さねばならない。しかも適切に対処し、必ず指導を成功させなければならない。いじめられた子を「あなたはいっさい悪くない」と包み込み、いじめた子たちには「なぜいじめがいけないか」を諭して聞かせる。しかもそこには、彼らを心から納得させ、反省させなければならない、という大前提がある。それができないのは教師に力がないためだ、指導が適切ではないからだ、という大前提である。

みんながそう考えている。マスコミも政治家も、銀行員さんもお医者さんも、みんながそう考えている。そうして教師も、そのように考える〈振り〉だけがうまくなっていく。ここ数年、滝川・福岡・稚内から学校教育が学んだのは、こういった猿芝居の演出だけなのではないか。

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2008年9月23日 (火)

少年時代

民主・自民ともに総裁選が終わり、政治の興味が組閣人事に移り始めた日、王貞治が「私は幸せでした」という言葉を残して、静かに自らの野球人生に終止符を打った。1時間近い記者会見を見ながら、心身の奥底から涙があふれそうになった。

この感触は昭和55年の秋、長嶋監督と王貞治選手が同時に引退したときにも感じたものだ。そうだ。あのときも、アンチ巨人を誇りにしている中学2年の餓鬼でさえ「何かの終わり」を感じたものだ。この感慨はその後、美空ひばりと石原裕次郎が相次いでなくなったり、いかりや長介が亡くなったりといったときに、幾度か感じたことがある。

ああ、これで、原や落合といった世代の時代が本格的に始まるのだな、これで野村監督がやめてしまったら、もうぼくらが少年時代にあこがれた選手が一人もいなくなってしまうのだな、そんな寂しさを感じたのだ。そして二十年後、いや、十数年後には、原や落合さえ現役ではなくなる。それは、哀しいけれど確かなことだ。

昨年から、不祥事続きの相撲界だが、朝青龍問題のときもロシア人力士の大麻問題のときも、ぼくの興味は朝青龍やロシア人力士にはなく、かつての朝潮、二代目若乃花、そして北の湖という、ぼくが小学生から中学生時代にかけて大活躍していた横綱・大関の戸惑いの表情だった。かつて、土俵上であんなにも堂々としていた彼らが、土俵を降りて、世論の風当たりに右往左往している。それは、哀しいけれど確かなことだ。

思えば、初任校で新卒の僕を可愛がってくれた藤野先生が亡くなったとき、二度目の卒業生を出したときの学年主任田中先生が亡くなったとき、そして大学時代の師匠森田茂之が亡くなったとき、更には昨年の夏、私を40年にわたって甘やかし続けた祖母が亡くなったとき、彼らはみな、それぞれの形で、ぼくの中にある「少年的なもの」を連れ去っていったものである。それも、哀しいけれど確かなことだ。

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2008年9月22日 (月)

第二世代に向けて

「教育技術の法則化運動」は〈物語消費〉論(大塚英志・角川文庫・1989年)の教育運動としての具現化であったというのが、ここ数年来の私の持論である。

「今日の消費社会において人は使用価値を持った物理的存在としての〈物〉ではなく、記号としての〈モノ〉を消費しているのだというボードリヤールの主張は、80年代末の日本を生きるぼくたちにとっては明らかに生活実感となっている。ぼくたちは目の前に存在する〈モノ〉が記号としてのみ存在し、それ以外の価値を持つことがありえないという事態に対し充分自覚的であり、むしろ〈モノ〉に使用価値を求めることの方が奇異な行動でさえあるという感覚を抱きつつある。」

大塚はこうした時代認識から、かの「ビックリマンチョコレート」を時代のエポックとして捉え、自身の1980年代論の象徴的題材として論述する。1987年から88年にかけて子どもたちの間で爆発的に大流行し、市場を席巻した「ビックリマンチョコレート」は、それまでの菓子商品の常識を覆した。それは一言でいえば、チョコレートという商品本体とシールというおまけが逆転しているからである。それまでも、グリコのキャラメルをはじめとして、おまけつきの菓子商品は決して少なくはなかった。しかし、「ビックリマンチョコ」は二つの意味において、それまでのおまけ付き菓子商品と一線を画していた。

第一に、先にも述べたように、商品とおまけとの逆転である。グリコのキャラメルは、「一粒三百メートル」というキャッチコピーに象徴されるように、あくまでも商品本体はキャラメルであった。もしも商品本体がおまけならば、キャッチコピーはおまけに関するフレーズで構成されていたはずである。また、キョロちゃんでお馴染みの「チョコボール」は、「金のエンゼル」「銀のエンゼル」によって「おもちゃの缶詰」が当たるという、特典によって商品本体たるチョコレートを売ろうとする企業戦略であった。このように、それまでの菓子メーカーは、あくまでも「おまけ」を付属品の特典として考えていたのである。しかし、「ビックリマンチョコ」は異なる。商品本体は、あくまでもシールである。メーカーはあくまでシールで売り上げの拡大を図ったのである。たまたまこれを商品化したメーカーがお菓子メーカーであったために、お菓子の流通ルートに載せざるを得なかったに過ぎない。その結果、「ビックリマンチョコ」を購入した子どもたちは、意識としてはあくまでもシールを買っていたのであり、付属品のチョコレートは惜しげもなく捨てられるという逆転現象が起こったのである。

第二に、「ビックリマンシール」が既成のキャラクター商品によって付加価値を付けるのではなく、メーカーが開発したオリジナルのキャラクターであった、という点である。それまでにも、商品たるお菓子が捨てられ、おまけだけが必要とされた商品は確かにあった。例えば、「仮面ライダースナック」や「プロ野球スナック」である。あの「仮面ライダーカード」や「プロ野球カード」を付けたヒット商品である。しかし、これらは「仮面ライダー」にしても「プロ野球選手」にしても、あくまでも既成のキャラクターをパッケージにあしらい、付属品のおまけとしてカードをつけたものである。それがスナック菓子の付加価値として機能したに過ぎない。しかし、「ビックリマンシール」は違う。完全にメーカーの開発したオリジナルキャラクターなのである。それまでこうした例は、せいぜいサンリオのキティちゃんがあった程度であり、少なくとも男の子向けの商品としては皆無だったのである。つまり、「ビックリマンシール」は、原作なきキャラクターであったわけだ。

以上、二つの意味で、80年代後半に大ヒットした「ビックリマンチョコレート」は、時代のエポックたるにふさわしい商品だったわけである。加えて、この商品が時代のエポックとして象徴的であるのは、次のような商品の構造を持つ点にある

①シールには一枚につき一人のキャラクターが描かれ、その裏面には表に描かれたキャラクターについての「悪魔界のうわさ」と題される短い情報が記入されている。
②この情報は一つでは単なるノイズでしかないが、いくつかを集め組み合わせてみると、漠然とした〈小さな物語〉─キャラクターAとBの抗争、CのDに対する裏切りといった類の─ が見えてくる。
③予想だにしなかった〈物語〉の出現をきっかけに子供たちのコレクションは加速する。
④さらに、これらの〈小さな物語〉を積分していくと、神話的叙事詩を連想させる〈大きな物語〉が出現する。
⑤消費者である子供たちは、この〈大きな物語〉に魅了され、チョコレートを買い続けることで、これにさらにアクセスしようとする。

こうしたキャラクターシールは、大塚によれば全部で772枚あったそうである。子どもたちはコレクションが一枚増えていくごとに、これまでのコレクションによって見えていた〈大きな物語〉を適宜修正し、「〈大きな物語〉の全体像」(=世界観)に近づいていく。そしてまた一歩近づきたいがために、また新たに「ビックリマンチョコ」を幾つも買う。さらに購買意欲がそそられる。「ビックリマンチョコレート」には、まさにこうした構造があったのである。子どもたちがこぞって買っていたのは、チョコレートでもなければキャラクターシールでもない。実はキャラクター解説が少しずつ明らかにしていく〈大きな物語〉であった。こうした構造を大塚英志は、「物語消費論」と名付けたのである。  この「物語消費論」の構造は、アニメ業界で既に80年代前半に大ヒットを飛ばしていた。例えば、「北斗の拳」や「機動戦士ガンダム」である。

「北斗の拳」は、拳が敵を倒すたびに新たな敵(拳の使い手)を紹介され、その敵に挑むという構成を取り続ける。しかも、新たな強い敵になればなるほど、拳の知りたがっている謎(=世界観)により近づいていく、という構造をもっている。子ども達、いや、大人までもが「北斗の拳」に熱狂したのは、キャラクターの美しさや拳のヒロイズムばかりではない。謎だった世界観が少しずつ明らかになっていく、その構造こそが牽引力として機能していたのである。

一方の「機動戦士ガンダム」はもう少し複雑である。私は「機動戦士ガンダム」を見たことがないので、詳しいことがわからないのだが、大塚によれば、「ガンダム」の一話ないし一シリーズのアニメは、「ビックリマンチョコ」のシールに相当する、断片的な商品に過ぎない。

「この一話ないしは一シリーズでは、アムロなりシャアなりのキャラクターを主人公とした表向きの物語が描かれている。一般の視聴者はこの〈表向きの物語〉のみを見ている。ところがアニメの作り手は、こうした一回性の物語のみを作っているわけではない。「ガンダム」なら主人公たちの生きている時代、場所、国家間の関係、歴史、生活風俗、登場人物それぞれの個人史、彼らの人間関係の秩序、あるいはロボットにしても、そのデザインなり機能をこの時代の科学力にてらしあわせた場合の整合性、といった一話分のエピソードの中では直接的に描かれない細かな〈設定〉が無数に用意されているのが常なのだ。この〈設定〉が多ければ多いほど、一話分のドラマは受け手にとってリアルなものとして感知される。そしてこれらの一つ一つの〈設定〉は全体として大きな秩序、統一体を作り上げていることが理想であり、〈設定〉が積分された一つの全体を〈世界観〉とアニメメーションの分野では呼びならわしている。

これが明らかに、「ビックリマンチョコ」と同じ構造をもっていることはおわかりだろう。「機動戦士ガンダム」は、当時の子ども達にとって、〈表向きの物語〉のみならず、その裏に隠されている「〈大きな物語〉の全体像」(=世界観)を統合していこうとする意欲こそが、アニメーションに熱狂する牽引力となっていたのである。

しかし、これだけのことならば、さして特筆すべきことではない。近代日本に成立した「私小説」の伝統は、個人体験の一つ一つから「〈大きな物語〉の全体像」(=世界観)を見ようとしたのであり、無数の「私小説」を読み続けた読者達は、新たな作品を読むことによって、また一つ〈世界観〉に近づくことができたという満足感を得ていたはずである。日本の近代文学はこの構造を基本としていたのであり、むしろ、「私小説」的手法に対抗して、ただ一つの〈世界観〉を捏造し、そのバリエーションとして作品を描き、読み続けた「団塊の世代」こそが特異な存在であったのだとも言える。

しかし、「ビックリマンチョコ」や「機動戦士ガンダム」は、この「私小説」的伝統とも一線を画す。読者のみなさんは想い出さないだろうか。「ビックリマンチョコ」のキャラクターを模したオリジナルのキャラクターを、教室で脇目もふらずにデザインする男の子達の姿を。また、「機動戦士ガンダム」のキャラクターを模したオリジナルのキャラクターを熱狂的にデザインし続ける、「おたく」と呼ばれた同級生達を。彼らは決して、単にオリジナルのキャラクターを創造していたわけではない。「ビックリマンシール」から、或いは「機動戦士ガンダム」から〈世界観〉を読み取った者達が、自らその〈世界観〉を構成する新たなキャラクターを模倣的に創造していたのだ。

それはこういうことだ。「ビックリマンシール」の772のキャラクターすべてを集めてしまった子ども達は、「ビックリマン」が提供する「〈大きな物語〉の全体像」(=世界観)をすべて把握してしまう。その〈世界観〉を手に入れてしまった子ども達にとって、772枚に及ぶ個々の「ビックリマンシール」は、〈世界観〉と整合する772の小さな小さなドラマに過ぎなくなる。つまり、〈世界観〉を構成する極々小規模な要素に過ぎなくなり、「〈大きな物語〉の全体像」即ち〈世界観〉を追い求めて、次々とシールを購入していた時代と比べて、その価値は相対的に低くなってしまうわけだ。相対的に低くなるというよりは、もはやどん底に近づくといった方が当たっているかも知れない。

そうした場合、新たな〈世界観〉を提供する「ビックリマンシールⅡ」が出れば良いのだが、772ものキャラクターが、一つの〈世界観〉をもって、ネットワークを結んでいる商品を、メーカーもそう簡単にはつくることができない。そこで、この「ビックリマン」の〈世界観〉を手に入れてしまった子ども達が始めたことが、その〈世界観〉に整合する773人目のキャラクターを自ら創造することだったのである。そして、その773人目のキャラクターが774人目のキャラクターを呼び、そこにキャラクター相互の関係(抗争だの裏切りだの)が生まれていく。また、その関係を解決すべきキャラクターとして775人目のキャォラクターが必要となる。そうすると、ここに新たな「小さな物語」が出来上がる。しかもそれは、「ビックリマンシール」が提供した「〈大きな物語〉の全体像」(=世界観)と密接な関係性を保持するとともに、完全な整合を得ている。こうなると、これらの模倣的創造品が「偽物」とは言い切れなくなりはしないか。あの子ども達や同級生達の熱狂ぶりは、まさに商品開発に参画しているという主体意識だったのである。

さて、ここで、かつての「教育技術の法則化運動」の運動方針を見てみよう。

1 この運動は、二十世紀教育技術・方法の集大成を目的とする。「集める」「検討する」「追試する」「修正する」「広める」(以上まとめて法則化とよぶ)ための諸活動を行う。
2 運動の基本理念は次の四つである。 
①教育技術はさまざまである。できるだけ多くの方法をとりあげる。(多様性の原則)
②完成された教育技術は存在しない。常に検討・修正の対象とされる。(連続性の原則)
③主張は教材・発問・指示・留意点・結果を明示した記録を根拠とする。(実証性の原則)
④多くの技術から、自分の学級に適した方法を選択するのは教師自身である。(主体性の原則)
3 目的・理念に賛成する人は、事務局に連絡して支部・サークルを結成できる。支部・サークルは定期的な研究会などの活動を行う。
4 事務局は、支部・サークルに対して「定期的な情報」「企画の優先案内」「資料等の斡旋」等の活動をする。活動資金は、事務局の諸活動の中からつくり出す。当分の間、京浜教育サークルが事務局を担当する。
5 事務局と支部とは対等の関係にある。支部はその責任においていかなる企画を実施することもできる。また諸活動に対する賛成・反対・拒否・無視は何人も自由である。
6 この運動は次のとき解散する。
①目的を達成したとき。(日本教育技術・方法体系の完成、コンピュータ検索システムの完成、追加・修正システムの完成等)
②事務局を担当する支部・サークルがなくなったとき。
③21世紀になったとき。

注目していただきたいのは、この運動方針の1と2である。

「教育技術の法則化運動」に参加する教師は、まず運動内部の実践報告を「集める」。それを次々に「追試する」ことによって、自らの実践として位置づけていく。こうした中で、それぞれの実践報告同士の関連について思考し、場合によっては「修正する」。こうした営みを続けながら、全国で次々に開発されていく新たな実践報告の集積・追試・修正を繰り返していく。これら一つ一つが、強大なネットワークを形成していく。

おそらくこの営みの原動力となったのは、当初は〈大きな物語〉(=〈世界観〉)に到達したいとの欲望であり、自らが実践を開発するようになってからは、〈大きな物語〉(=〈世界観〉)と密接な関係性をもつとともに完全なる整合を示している、自分自身の〈小さな物語〉の創作だったのである。「法則化運動」に参加する教師たちのメンタリティは、独自のキャラクターデザインに熱狂するあの子ども達と同様のものである。

おそらく深澤久の「命の授業」も、そして「マル道」も、若き「法則化戦士」のこうしたメンタリティの中から生まれてきた。言わば、「法則化亜種」である。

私は批判的に言っているのではない。彼らよりもひと世代若い世代で構成され、私が代表を務める「教師力BRUSH-UPセミナー」も、同様のメンタリティにおいて、好むと好まざるとに関わらず「法則化亜種」として存在していることを自覚している。

しかし、「道徳改革集団」が、或いは我々「教師力BRUSH-UPセミナー」が、「法則化亜種」から脱却し、新たな教育理念と新たな運動理念のもと、新たな志をもって活動していこうと考えるならば、かつてグーグルがマイクロソフトを食い破って情報世界を席巻したような、ドラスティックなシステム転換が必要である。

「道徳改革集団」と「教師力BRUSH-UPセミナー」の協力関係を模索したい。

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2008年9月20日 (土)

〈自立〉と〈依存〉

 かつて二年間かけて、〈すごい学級〉をつくったことがある。三十代前半の頃のことである。

 〈すごい学級〉といっても、崩壊学級のことではない。文字通り〈すごくいい学級〉である。生活態度はいい。いじめはない。体育大会、合唱コンクール、球技大会、旅行的行事の学年レクなどなど、行事にはすべてこれ以上望めないという熱心さで取り組み、とにかく順位のつくものはすべて優勝。二年の四月、学級結成時には六学級中最下位だったテストの学級平均も、三年の一学期にはトップに立った。私は生徒からも保護者からも信頼が厚く、やることなすことすべてうまく行く。そんな学級に、私は大きな満足感を抱いていた。

「卒業式で涙を流すなどもってのほかだ。卒業式とは凜として臨むもの。泣くのはあとでいい。」

 私の言葉を彼らは真正面から受け止め、卒業式では涙をこらえ、最終学活で合唱コンの優勝曲を二曲、涙声をしみじみと響かせた。 私はその日、
「こんないい学級はもう二度ともてないかもしれない……」
 そう思っていた。

 いまでも、二年に一度の割合でクラス会がある。私という担任が彼らに「中学校」というものを強く印象づけたのは確かである。

 当時の私は、ちょうど、単行本の執筆依頼をいただいたり、研究会提案や講演の依頼をいただいたりし始めた頃で、ノリにノっていた。私はこの学級の成功に「学級経営の勘所も会得したな」などと思い上がったことさえ考えていた。

 しかし、彼らが卒業して一年がたった頃、私はこの学級経営が失敗していたこと、しかも大失敗であったことに気づかされることになる。なんと、高校一年生の一年間に、実に四○名中七名の生徒が不登校に陥ったというのである。

 第一報は五月だった。ゴールデンウィーク明け、私のところに卒業生のA子から電話がはいった。

「高校に入学してすぐ、いじめを受けるようになった。担任の先生に訴えたが、何もしてくれない。」というのである。私は彼女を慰め、励ましながら、「なんという高校か」「なんという担任か」と憤りを感じていた。「入学早々のいじめごときをつぶせずして、それでも教師か」と。次は七月、B男とC子である。B男は「いじめられている」と訴え、C子は「なんとなくクラスになじめない。高校になじめない」という。私はやはり憤りを感じていた。「担任に力量がないからだ」と。と同時に、いまだに中学時代の担任に相談する彼らに、なさけなさもまた感じていた。

 しかし、二学期に入り、四人目のD子が出たとき、私は気づかざるを得なかった。「これは高校の責任ではない。他でもない、私の責任だ……」と。自分が中学二、三年の担任として、生徒たちに「新たな環境に対応する力」、大袈裟にいうなら「社会を生き抜く力」を育てなかったからだ、と。

 思えば、私の学級経営の要諦は、生徒たちのすべてを完全に私の支配下に置くことにあった、と言っていい。人間関係トラブルがあれば私が間に入ってすぐに解決し、学級組織も私の意図通りに動かした。行事は私が先頭を切って場を盛り上げて生徒たちの意欲を喚起し、練習の仕方・ものづくりの方法、すべて私が教えた。家庭学習ノートを全員分用意し、定期的に点検し、わからないところがあると言われれば、自分の教科ではなくても放課後に指導した。一年生のときのいじめられっ子とは、昼休み・放課後に将棋を指しながら信頼関係をつくり、粗暴な問題傾向生徒は私がいじることによって「いじられキャラ」へと変容させていく。こういう学級経営である。

 生徒たちは高校に行って、「いじめられた」と感じたり、「学級・学校になじめない」と感じたりした。言うまでもなく、中高生のいじめの対象となるのは、〈その場の空気を敏感に察知して対応すること〉のできない者たちである。彼らは中学時代、少なくとも学級において、〈場の空気〉を読む必要がなかった。自分が〈空気〉を読まなくても、担任がいち早く〈空気〉を察知してだれも困らないように先手を打ってくれるのである。彼らは〈空気〉を読まなくても、私という担任さえ見ていれば、私の言うことさえ聞いていれば、学級に〈居場所〉を確保することができた。それもかなり満足度の高い〈居場所〉を。彼らは在学中、他の学級に羨まれ、他の先生方に褒められ、行事は常に優勝することに鼻が高くなっていた。それは、おとなしめの女の子や少々おたく傾向をもつ男の子にも少なからず見られる、堀学級生徒の特徴だった。

 もちろん、全員が全員、このことがマイナスに機能したわけではない。もともとある程度の「自己」をしっかりもっていた生徒、ノリのいいコミュニケーションを得意としている生徒、いまどきのパワフルな女子生徒といった者たちにとっては、私という担任は様々なことを教えてくれ、集団を率いるときのコミュニケーション・モデルとして機能したはずである。しかし、そうしたリーダーシップ、統括力には縁のない生徒たちにとっては、明らかに私の学級経営はマイナスに機能していたのだ。行事の優勝も、様々な褒め言葉も、すべてが〈その場だけの楽しさ〉に堕してしまっていたのである。

 長久保裕(日本フィギュア・スケーティング・インストラクター協会副理事長)は常々、「自分以外のいい先生を探してやるのも、先生の大事な仕事のひとつなんですよ」と言ったという(「スポーツ名伯楽が語る教育と指導の奥義」阿部珠樹/「文藝春秋」2006年11月臨時増刊・111頁)。

 学校教育に限らず、〈教育〉の目的を端的に言うなら、それは「自立」である。担任も、部活指導者も、親でさえ、その子を一生支えながら生きていけるわけではない。言うまでもないことだ。〈教育〉とは、子どもを「自分で生きていけるようにする営み」なのである。だからこそ大切なのであり、だからこそ尊いのだ。

 このことに気づかない、考えたこともない、そういう教師が増えてきている……そう感じているのは、私だけだろうか。いや、おそらく教師だけではない。保護者も、マスコミも、行政も、政治も、このことを忘れ始めている。

 まずい。大変、まずい。

 最後に、今回、私が述べた構図と、ほとんど同様の構図について述べた、ある精神科医の言の引いておこう。読者の皆さんにも、思い当たるところがあるのではないだろうか(『「普通がいい」という病』泉谷閑示・講談社現代新書・2006年10月・30頁)。

「精神療法やカウンセリングの場面でついついセラピストは、クライアントの悩み・苦しみをどうにかしてあげようと、自分の考える答えを教えたくなってしまう。しかし、それはクライアント自身の、葛藤を持ちこたえる力を育てないどころか、自分自身で答えを見つけ出す力を退化させてしまい、セラピーへの依存を作ってしまうことに なります。/ちょっと「脚が痛い」と言っているからと、リハビリすれば十分歩けるようになる人に車椅子を提供するような治療やカウンセリングほど、治療者の方では、すごく治療してあげているような自己満足を感じるものです。しかし、これが大きな罠なのです。治療熱心な治療者ほどこの失敗に陥りやすいのですが、治療者自身が患者さんに「治 療依存症」を作る元凶になっているこ とに気付かない。ドラマの「赤ひげ」よろしく、私生活をほとんど犠牲にして、それで自分はたくさんの患者さんの役に立っていると密かに満足をしている。でも患者さんはなかなか治らないものだから、患者数だけがどんどん増えて、どんどん頼りにされて、忙しくなる。その治療者はこれまた密かに、自分の腕が良いので繁盛していると錯覚する。こういう困った悪循環もよく見られます。」

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2008年9月18日 (木)

部活動顧問の責任

 昨日、高松高裁で我々教師にとっては看過できない判決が出された。96年8月、大阪府高槻市で行われた高校サッカーの大会中の落雷事故によって傷害を負った生徒とその保護者が、引率教諭・生徒在籍高校・大会主催者を相手取って6億4600万円の損害賠償を求めた裁判である。高松高裁は三者の注意義務を怠った過失を認め、3億7000万円の損害賠償の支払いを命じたというのである(ただし、この判決は最高裁の差し戻し審であるから、高松高裁独自の判断ではなく、いわば最高裁判決である)。

 私は別に、この落雷事故にあった生徒や保護者を責めたいわけではない。大変気の毒なことだし、治療費やリハビリにかかる費用、そして精神的・肉体的に受けざるを得なかった被害を考えれば、これでも安いとさえ感じるだろうと思う。私が「看過できない」という対象は、事故被害者ではない。私が言いたいのは、ここで提訴された顧問同様、部活動の顧問を務める者の一人として、この判決のごとき「リスク」は負えないな、従って部活動の顧問を降りるしかないな、ということである。

 つまり、こういうことだ。部活動は内部から見れば、つまり学校に勤めている教師から見ればボランティア、生徒や保護者から見れば学校教育の一部、そういう中途半端な、微妙な位置づけにある。簡単に言えば、法的に整備されていない、世の中の矛盾の一つなのである。その部活動に対して、公務、すなわち公の学校教育と同様の責任をもたされることが決まった、簡単に言うと今回の判決はそういうことなのだ。生徒や保護者には申し訳ないが、我々教師にとって、この判断だけは納得できない。

 これが公務中の事故ならば、私はまったく異論がない。例えば、私は明日、生徒111名を引率して、学年行事として円山動物園で校外学習を行うことになっている。この校外学習中に円山動物園に落雷があり、私の管理下において生徒に障害の残るような事故があったとする。この場合、私は自分が提訴されても仕方がないと思う。損害賠償請求に対し、家その他の財産を売却しても、誠意を示さねばならないと思う。私はその責任を自覚して仕事をしている。しかし、部活動はこれとは異なる。部活動は私の給与の対象ではない。しかも、私は部活動の顧問を務めるにあたって、一銭の現金も受け取っていない。部活入会時に生徒が支払う会費から顧問に支給されることになっている30000円の受け取りを私は拒否している。これをもらう謂われがないと考えているからだ。札幌市が市費で部活顧問に年間7000円弱の現物支給を行うことになっているが、私はこれもバドミントンのシャトルを購入して生徒に還元している。部活動というものが給与の対象ではなく、従って「仕事」ではなく、あくまでも「善意」でやるものだと考えているからである。ただただ生徒かわいさの「善意」によって時間と労力を割いている、それが部活動なのだ。

 例えば、大学出たての新卒教員が学級担任をもつとする。これは「公務」である。従って、このとき、この若い学級担任に対しては学年主任がフォローする責任をもち、生徒指導主事がその学級の生徒指導に学級担任同様の責任をもつことになる。つまり、その学級はA先生という若い担任の学級でありながら、実はその先生だけの学級などではなく、学年団を構成する教師、生徒指導部の教師、そしてもちろん管理職と、みんなで責任をもつ、そういう構成、そういうシステムになっているのである。従って、学年主任も生徒指導部長も管理職も、そのA先生の学級運営に難点があれば責任をもって指導もするしフォローもする。これが「公務」というものの当然の在り方だろう。

 しかし、部活動は違う。学生時代に運動などしたことのない新卒のB先生が、赴任した学校の学校事情によってルールも知らない競技の部活動を担当するなどということはざらにある。しかもこういう練習方法がいいよ、こういう練習の方が効果があるよ、こういうところがまずいよ、という指導・フォローを与えてくれる人間はほとんどいない。そもそも、その競技の専門家が学校にいないからこそ、専門外のド素人が顧問になっているのである。指導・フォローをする能力をもっている教員がいるなら、その人が顧問になるはずではないか。

 さて、このB先生がもつことになった部活がサッカー部だとしよう。大会があって、生徒たちを引率したとしよう。試合前に雷が鳴り、試合を中止した方がいいのではないかと思ったとしよう。しかしこのとき、B先生に大会主催者に対して「中止しよう」と進言することが果たして可能だろうか。いや、仮に進言したとして、それが受け入れられることがあり得るだろうか。そもそもこの大会の運営において、現実的にこの先生に発言権があるだろうか。今回の判決は、こうした中でも、事故が起こった場合には、責任だけは学校・主催者と並んでとらされるということなのである。少なくとも、そうした判例が出てしまったということなのである。私たちとしては、この論理は受け入れられない。「権利」のないところに「義務」と「責任」だけをかぶせられても困る、というのが本音である。

 私は現在、バドミントン部の顧問だが、その公務外の立場以上に重要であり、給与の対象ともなっている、学年主任・学級担任・教務部という公務上の立場がある。放課後に会議と部活動の練習があれば必ず会議に出る。生徒指導と部活の練習があれば必ず生徒指導を優先する。部活動とは、こういう法的に何の根拠もない、昔ながらの「なあなあのシステム」として位置づけられているのである。このような部活動顧問という立場に、公務と同様の「義務」と「責任」を課せられるとするなら、それは自分を守るために「部活をもたない」という判断をせざるを得ない。私にだって家族もいるし、生活もあるのだ。しかも、部活というものは当然のことながら、その性質上、公務以上に事故の起こりやすい環境なのである。ボールが飛び交い、バットやラケットがフルンブルンと振られ、時には人を投げたり、人に投げられたりする。それが部活なのだ。これは個人が責任を負える範囲を超えているのではないか。

 こうした矛盾を解消する手だてはいくつかあるだろう。まず考えられるのは、部活顧問に「責任」を負わせられるように正当な指導費を支払うこと、である。しかし、そんな財政的裏付けがあるはずもない。受益者負担と言うことになれば、現在、年間3500~4000円に設定されている部活動参加費は20~30倍程度にはせねばなるまい。これも現実的には無理だ。とすれば次に考えられるのは、部活動を公務に位置づけること。つまり、ちゃんと給与対象にすることである。この場合には、部活顧問を学級担任と同じような位置づけにしなければならなくなる。つまり、主幹・教務主任・生徒指導主事・進路指導主事・学年主任など要職に就いている者には部活はもてない、おそらくは学級担任をもっている者にも部活はもてない、ということにしなければならなくなるだろう。放課後に会議を入れないか、会議のある日は部活動は中止ということにせざるを得なくもなるだろう。おそらく勤務時間を超えての指導は残業手当の対象にもせねばなるまい。結局、これも無理なのだ。要するに、学校の教員を大幅に増員しなければ両立しないのである。これも財政的に無理なのだ。では、どうするか。どうしようもない、というのが結論である。

 かつて、こういう事件があった。買い物に行くために、ある主婦が仲のいいお隣の主婦に我が子をあずかってもらった。しかし、あずかった主婦がちょっと目をはなしたすきに、その子が池に落ちて死んでしまった。母親はその主婦を相手取って損害賠償請求の訴訟を起こした。裁判所はあずかった主婦の過失を認め、賠償を命じた。新聞報道でそれを知った人たちが何人も、子どもを亡くした母親に批判的な電話をしたり手紙を書いたりし、この主婦は精神を病んでしまった。結局、示談が成立したのだが、子をあずけた主婦も、子をあずかった主婦も、お互いに精神的にも肉体的にもぼろぼろになってしまった。ずいぶんと大きく報道された事件だから、覚えておられる方も多いと思う。確か私が小学生だった頃の事件だ。私がいま感じている矛盾は、この事件がはらんでいた哀しさに似ている。

 いずれにしても、私は次年度から、部活動の顧問は絶対に引き受けないことを決意した。今回の判決は、私には看過できない。

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2008年9月15日 (月)

私の授業を支える表の五冊・裏の五冊

【表の五冊】
 私が国語の授業をつくるにあたって影響を受けた本は、数え上げればきりがない。また、私はどちらかというと、教育技術を紹介した本よりも、国語科教育の理念について述べた本の方から影響を受けている。いわゆる授業技術や授業のネタに関しては、教育書よりも一般書から得られたものが多い。言語技術はビジネス書、文学教育は文芸批評書や思想書、授業のネタは乱読の文庫や新書というように。今回は読者諸氏に役立つようにとの思いから、私に少なからぬ影響を与えた本の中で、①いまも手に入りやすい、②国語科を専門としない小学校教師にとっても絶対に役に立つ、この二つの観点で五冊を選んでみた。

『論理的思考』宇佐美寛・メヂカルフレンド社・1979年2月・1900円
 筆頭は宇佐美先生である。この本は、教師なら絶対に読んだ方がいい。
 「論理的思考」という書名からはなんとなく固いイメージを受けるだろうが、決してそのような内容ではない。むしろ、子どもの作文、子どもの意見をどう読み取るか、自分が子どもに対して表現するときには何を気をつけるべきなのか、そうした教師としての教授行為そのものについて深く反省させられる、そういう本である。比喩的に言えば、『授業の腕を上げる法則』(向山洋一・明治図書)と同内容のことを、授業よりも広い視野で語っている、といった趣の本である。

『国語科教材分析の観点と方法』大内善一・明治図書・1990年2月・2370円
 いろいろなところで紹介してきたので、古くから私とつきあいのある方々からは「またか…」と言われそうだが、この本は絶対におすすめである。教材研究ができないと悩む小学校教師は多い。自分にも教材分析ができたなら、もう少し国語の授業を楽しく、有意義なものにできるはずだ、というわけである。私も多くの小学校教師からそういった相談を受けた。
 しかし、簡単に言えば、そうした人たちには絶対的な「知識」が足りないのである。「経験」を重ねるだけでは限界がある。「知識」を得て、目的的な「経験」を積んでこそ、教材研究ができるようになるのだ。この本はたった220頁で、ここで言う「知識」の総体を示してくれる。これを読んで「知識」を得、3年から5年の「経験」を積めば、教材研究ができるようになることを、私が保証する。

『「詩の技法」をどう教えるか』小海永二監修・言語技術教育学会長岡支部著・明治図書・1997年10月・1600円
 詩人の小海永二が監修し、長岡の「読み研」グループがつくった良書である。
 中学校一年生に授業をしていていつも思うことは、小学校で表現技法がほとんど指導されていないということである。それで一年生の一学期が表現技法の指導中心になってしまう。十年前の私はよくそれに腹を立てていたものだが、いまは「そうか。小学校の先生方は、表現技法とその効果を知らない人が多いのだ」と思うようになった。国語を専門としていなければそんなものなのかもしれない、と思うようになったわけだ。
 そこで、この本である。この本には、小学校から高校までに習うすべての表現技法が載っていると思っていただいていい。「詩の技法」という言葉が書名になっているが、詩の読解にしか使えないというわけではない。表現技法の体系を学びたいという人におすすめである。

『絶対評価の国語科テスト改革・20の提案』堀裕嗣・明治図書・2003年6月・1900円
 私は自分の本を人にすすめるということをまずしない人間だが、国語科の指導事項とは何かが、割とうまくまとまっている本だと思う。私の国語教育本を一冊だけ買うとすれば、『全員参加を保障する授業技術』でもなく、『発信型授業で「伝え合う力」を育てる』でもなく、これが一番いい。
 この本は、私の十年間に及ぶ言語技術研究の成果を体系化した本である。書名から「テストづくり」の本のように思われているが、そうではない。言語技術体系の本である。「話すこと」の言語技術を二十、「聞くこと」の言語技術を二十、「書くこと」の言語技術を二十、「音読」の言語技術を十、というふうに全七十技術に絞って提示した。また、文学的文章教材・説明的文章教材の指導事項についても、段階的に説明した。たぶん類書のない本だと思う。『義務教育で教える言語技術のすべて』といったタイトルならもっと売れただろうに、と今でも後悔している(笑)。

『国語教育指導用語辞典 第三版』田近洵一・井上尚美編・教育出版・2004年六月・4000円
 意外と意識されていないことだが、授業研究をしようとすれば辞典が必要である。研究グループをつくって「ああでもないこうでもない」と経験を言い合っているうちに授業ができていく……というのが一般的なようだが、それでは「研究」とはいえないだろう。使用する語句もめちゃくちゃ、歴史的な背景も踏まえていない、これでは教師として少々恥ずかしい。
 国語教育に関する辞典の類はずいぶんと出ていて、私は二十種類程度もっているが、その中で内容的にみても汎用性からみても、これが一番いい。これが一冊あるだけで、国語科の授業にずいぶんと深みが出ると思う。

【裏の五冊】
 こちらは教育書ではないけれど、国語の授業に直接的に役立つ、という観点で五冊選んでみた。

『文学の力×教材の力』田中実・須貝千里編・教育出版・2001年6月・各2400円
 田中先生や須貝先生はこれを教育書だというだろうが、内容的には文芸評論である。ただし、書名に「教材の力」とあるように、論じられているすべての作品が教科書教材である。しかも、第一巻の「理論編」の他に、第二巻から第十巻まで「小学校一年編」~「中学校三年編」まである。つまり、教科書掲載の文学的文章教材のほとんどについて、作品論が二編ずつ載っている、そういう本である。新しくその教材にはいるとき、ちょっとそこだけ読んでみると、教材解釈を飛躍的に深める、そういう使い方も「あり」である。

『教師のための読書の技術』香西秀信著・明治図書・2006年3月・2060円
 これは明治図書の本ですし、書名に「教師のための」とありますから、教育書なのでしょう。しかし、読書の在り方を書いた本としては秀逸です。内容的には一般書に近いと思います。香西先生ですから、内容的には少々固いです。

『あたりまえなことばかり』池田晶子・トランスビュー・2003年3月・1800円
 国語科教育の勘所は、言葉を読んで言葉について考え、物事をひっくり返してみることです。この本はその「ひっくり返す」の宝庫です。内田樹にひっくり返されて喜んでばかりいないで、この本でも読んで自分の頭でひっくり返してみましょう。

『学力の社会学』苅谷剛彦・志水宏吉編・岩波書店・2004年12月・3200円
 八○年代から「学力とは何か」を考えることが流行し続けていますが、それとともに、学力を規定する要因を考えてみてはどうでしょうか。この本を読むと、それを考えずにはいられなくなります。

『おおきな木』シェル・シルヴァスタイン・本田錦一郎訳
『二十四の瞳』 壺井栄・新潮文庫
 最後に、僕が教師になるきっかけになった本を二冊。僕は、教師は決して「おおきな木」になってはいけないとは思いながら、この物語にどうしても感動してしまう。そして、なんだかんだ言っても、教師の理想は小石先生なのだと感じてしまうのだ。

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2008年9月14日 (日)

病院をはしごする

先週から、やたらと病院に行っている。

「行っている」のであって、「通っている」わけではない。木曜日は内科と循環器科へ、金曜日は夜間救急センターへ、そして土曜日は脳外科へ、という具合である。しかも、どの病院に行っても、医者は検査のあと、決まって「どこにも特に異常はありません」というのである。結局、私はどの病院にも「通うこと」ができない。

要するに、体調が悪いのに、何が原因かわからないというわけだ。患者にとって、これほど不安なことはない。

始まりは火曜日だった。朝目覚めると、なんとなく体調が悪い。それも頭が痛いとか、お腹が痛いとか、これまで経験したことのある体調不良とは違う。

こりゃ、へんだ……。

でも、何が変なのかわからない。あえて言えば、なんとなく息苦しく、躰がちゃんと機能していない、そんな感じである。血液がちゃんと循環していないのか、筋肉がちゃんと収縮していないのか、何かがおかしい。そのうち、後頭部がずっしりと重くなってきた。

とりあえず、職場に電話をして休暇をもらい、あれこれ思考を巡らす。

疲れかな。そういえば、この前の土日は両日とも仕事だった。休んでないもんな…。

そんなことを考えて、一日、ゆっくり休んだ。一日ゆっくり休んだことで、次の日、水曜日はなんとか仕事に行けた。後頭部が重い感じは抜けないものの、躰が機能していない感はなくなった。だましだまし、一日を過ごした。

ところが、である。

夜、帰宅すると、やっぱりおかしい。木曜の朝もやっぱりおかしい。こりゃやっぱり変だ。「疲れ」なんていう単純なものじゃない。またまた休暇をもらい、朝から内科へ。血圧異常なし。心音異常なし。血液検査異常なし。続いて循環器科に行くも、心電図異常なし。これ以上の検査となると、24時間の検査が必要だという。仕事の日程を見ながら、またの機会に…ということになった。それでも、二つの病院に行って、異常なしと言われたので少々安心する。この三日間、頭の中を駆けめぐっていた糖尿病とか高血圧とか心筋梗塞とか、そういった怖さからは解放されたわけである。

金曜日。なんとなく体調不全を感じながらも、だましだまし仕事をする。夕方6時頃、退勤。内科のお医者さんに「毎日、血圧を測りなさい」と言われていたので、血圧計を買おうと薬局に寄った。三種類の血圧計の機能とメーカー、値段を比較しながら、どれにしようか……そう考えた瞬間、それは始まった。

左側のこめかみに痛みが走る。なんだろう…。とりあえず、早く帰って休もう。血圧計を買って車へ。車を出すと、今度は左の脇腹に違和感。そのうちに、後頭部がずっしりと重くなってくる。冷や汗をかいて、顔から血の気が失せていくような感じがしてくる。とりあえず、意識が遠のくことはない。とにかく早く家に帰ろう。病院に行くにしても、車をこんなところに置いておくわけにも行かない。

家が近くなってきたところで、妻に電話する。

「どうも躰がおかしい。外で待っていてくれ。」

帰宅して妻に症状を伝え、救急病院を探してもらう。ソファに横たわる。近くにある夜間診療の内科へ。「うちじゃわからない」と言われ、夜間救急センターへ。血圧異常なし。尿検査異常なし。聴診器でも発見は発見されず。脳梗塞の兆候も見られない。そのうちに少しずつ症状がおさまってくる。救急センターに2時間くらいいただろうか。結局、症状が治まってきたので、痛み止めを処方されて帰される。「明日、脳外科に行きなさい」と言われて。

土曜日。朝から脳外科。経緯を説明すると、MRIを撮りましょうとのこと。圧迫感と雑音と揺れに耐えながら、MRI撮影。異常なし。MRIも脳内血管も異常なし。それどころか、「きれいなものです。」とさえ言われる。

脳外科の帰り、7200円も払ってゆっくり指圧を受ける。心なしか、躰の違和感が軽減されたような気がする。

いったい何なのだ。居酒屋のはしごは好きだが、病院のはしごは切なさだけが残る。

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