« 実学志向は自殺行為である | トップページ | 学年経営案・2008 »

2008年10月13日 (月)

期末懇談十箇条

先日の「中学校・学級経営セミナー」で話した期末懇談に関する資料を再掲する。何かの参考にしていただければ幸いである。

(1) 学級担任はもっと自信をもつべきだ

お母さん、あなたは○○君の保護者です。○○君のことを一番よく知っているのはお母さんです。でもね、お母さん、少なくとも学校での○○君について、つまり、○○君の学校生活について、一番よく理解しているのはお母さんではありません。担任の僕なんですよ。

まずは、読者の皆さんに問いたい。あなたはこの言葉を保護者に向かって言えるだろうか。学級担任として、この自信を語れるだろうか。私はこの自信が、実はこの「当たり前の自信」が、個人面談の成否を握るキーであると考えている。もしもこれを語れないとすれば、個人面談で何を言ってもダメである。

ここまでを読んで、読者の皆さんは、私のことをひどく自信過剰で不遜な教師と思われるかもしれない。しかし、よく考えていただきたい。この言葉は、自信過剰でも何でもない、至極「当たり前のこと」なのではないだろうか。保護者は我が子の学校生活を見ていない。他の教師は、自分ほど学級の子供を理解してはいまい。唯一、その子を部活動で指導している教師がその子をよく理解している場合があるが、その理解はやはり一面的である。担任生徒の学校生活を最もよく理解しているのは、どう考えても学級担任なのである。

これは担任教師が若いとか、実力がないとか、そういったこととは無関係に言えることだ。例えば学級担任が新卒、副担任が五十代のベテラン、こういった状況であったとしても、副担任が担任以上に生徒を理解している、などということは決してない。

教科担任は主に授業場面だけを見ている。部活動指導者は主に部活動場面だけを見ている。副担任は接する場面が担任にくらべて極端に少ない。いずれも一面的にしか見ることができない。ところが学級担任は、授業、特活、道徳、給食時間や昼休み、部活動と、様々な場面で生徒を観察している。更には保護者の顔まで思い浮かべながら指導している。生徒の学校生活を総合的に理解しているのは、実は学級担任一人だけなのである。

いま一度、確認しておきたい。学級担任が生徒の学校生活を最もよく理解している。この「自信」こそが、すべての教育活動の基盤となるのである。

(2) 面談と日常実践は連動して評価される

さて、だからと言って、担任が思ったこと、考えたことをすべて面談で保護者に一方的に伝えれば良い、というものではない。問題はそういった担任教師の「自信」が、保護者にとっても正当と感じられるか否かにある。

例えば、個人面談で保護者に、生徒に対する肯定的な評価を伝えたとする。ところが、日常的に細々と注意したり説諭したりしているのでは、その「肯定的な評価」も保護者にとっては疑いの的となる。「個人面談ではずいぶんといいことを言っているのに……どうも、先生の本音は違うようだ」ということになる。 また、教師が生徒に直して欲しいところを自信をもって指摘したとしよう。「僕は注意ばかり受けている」「先生は僕ばかり注意する」「僕は先生に嫌われている」と日常的に我が子から聞いている保護者は、我が子への指摘を正当なものと受け取らない。「息子が言っていたことはホントなんだわ。やっぱり息子は先生に嫌われてるんだわ」となる。

更には、面談において、学級担任が自らの学級経営への情熱を語ったとしよう。これも日常的な学級運営がうまく行っていないと、「ずいぶんカッコいいこと言ってたけど、実態が伴っていないものねえ。結局、口だけの先生なのよねえ」と揶揄されることにもなる。つまり、日常実践が伴っていないと、個人面談における担任教師の言葉は、かえってマイナスにさえ機能するわけである。

私は前節において、生徒の学校生活を最も理解しているのは学級担任である、と述べた。そして読者の皆さんに、その自信を語れるかと問うた。しかし、この「学級担任としての自信」を語るには、やはり日常の学級運営がうまく行っている、それが保護者にも伝わっている、という前提が必要なのである。つまり、私の言いたいことは、次の三段階で考えるべきだ、ということである。

① 事実として、生徒の学校生活を最もよく理解しているのは学級担任である。これには誰もが自信をもつべきだ。
② しかし、それが保護者に伝わっていない場合には、学級担任はこの自信を語るべきではない。こんなことを言う前に、学級運営の在り方を修正し、保護者に納得してもらう方が先だ。
③ 学級運営がうまく行っているときには、学級担任はこの自信を堂々と語り、個人面談をよりよく機能させるべきだ。

学級担任は、こういったシンプルな捉え方をすべきだと思う。よく保護者が学級担任に苦情を言ってくることがあるが、これは学級運営がうまく行っていない状態なのに、学級担任が自分の正当性ばかりを主張したときに起こるのである。学級運営がうまく行っている場合には、学級担任の指導・助言は、真綿が水を吸い込むように保護者も理解してくれる。保護者だって、自分の子育てに自信満々なわけではない。学級担任が信用できるのならば、保護者だって実は学級担任に助言してもらいたいと思っているのだ。最初から学校批判、教師批判、担任批判をしたいと考えている保護者は、ただの一人もいないのである。

昨今、教育界を取り巻く現実は厳しいと言われる。しかし、この国の学校教育の基盤はまだまだ捨てたものではない。マスコミの論調に乗っかって、学校の現状を否定的に見たり、必要以上に保護者に対して警戒したりすることの方が、実はずっと問題なのである。

(3) この十箇条で個人面談の失敗は避けられる

最後に個人面談を成功させる最低限の条件として、次の十箇条を挙げておきたい。

①事前に内容の希望を取るべし
週五日となり、授業時数の確保が難しくなった。個人面談の日程も三日程度になってきている。面談にかけられる 時間は、一人あたり一五分程度ではないだろうか。この一五分の面談時間を濃密な一五分間にするために、個人に対 してしか語れない内容だけで個人面談を構成すべきである。そこで、学級全体に対して言うべきことは学級通信その 他で伝えることとし、個人面談ではその子特有の内容のみに話題を絞るべきである。そのために、面談の希望時間だ けでなく、何について相談したいのかという保護者の面談内容の希望についても、事前に書いてもらうべきである。

②明確な目的をもって面談すべし
個人面談の目的が、家庭環境を把握することにあるのか、子どもの性行を確認することにあるのか、問題行動への 対応の話し合いにあるのか、学習に関する取り組み方にあるのか、最低でもこのくらいは明確に意識すべきである。

③細かな情報を用意すべし
一年間の行事の見通し、高校入試の情報、絶対評価の規基準、学校の基本姿勢といったことは、訊かれたときにす ぐに答えられなくてはならない。わからないことを尋ねられた場合には即答を避け、「明日調べてお電話いたします」 或いは「資料を明日お子さんを通してお渡しします」と答える。

④時間通りに面談すべし
個人面談は保護者がわざわざ時間を割いて来てくれている。中には仕事を休んで来てくれている場合もある。例え ば、四時半の予定が五時半になったしよう。五時半なら、保護者は仕事を途中で切り上げる必要がなかったかもしれ ないのだ。私たちはこの一時間で、保護者のパート収入八○○円を奪っているかもしれないのである。面談日程は、 絶対に時間通りに進めるべきである。

⑤できるだけ本人を交えて話すべし
これは面談の目的によって変わることなので、一概に三者面談がいいとも言えない。しかし、三者面談なら、親子 の会話の様子から親子関係をはかることもでき、また、教師と生徒の接し方を保護者に見せることもできる。一般的 には二者よりは三者がいい、と言える。

⑥できるだけ褒めるべし
注意や説諭ばかりでは保護者も警戒してしまう。問題行動への対応が話題の中心だとしても、できるだけ子どもの 良いところを見つけ、それをしっかりと伝えたい。

⑦できるだけ具体的な話をすべし
子どもを抽象的に褒めるだけではいけない。こんなことがありましたよ、あんなことがありましたよ、と具体的な エピソードを交えながら、保護者の目に浮かぶように描写的に語るべきである。しかも、保護者の目の前で子どもと 対話する場面を見せたい。できればユーモアを交えて、教師、保護者、生徒の三者で、一緒に笑う場面をつくりたい。

⑧メモは終了直後に取るべし
話をしている目の前でこと細かくメモを取られるのは、あまりいい気がしない。聞いた話をメモするというスタン スではなく、あくまでも「対話」を成立させるという姿勢で臨むべきだ。その場でのメモは大切な数字やデータ、健 康に関わることのみとし、必要なメモは終了直後に取るのが礼儀に適う。

⑨プライバシーを口外するべからず
個人面談は一日に十件以上行う。先ほど行った面談で出た話題と同じ話題が出る、などということも多い。つい気 がゆるんで、「○○さんでも同じことがあったそうですよ」などとやりがちである。厳禁である。

⑩他人を批判するべからず
保護者が子どもの友達を中傷したり、ある教師を批判したりする場合がある。いっしょになって非難するのは厳禁 である。保護者の立場になって聞くだけに止める。ただし、それを聞いて、放って置いてはいけない。できればその 日のうちに事実関係を確認し、できるだけ早く対応する。特に教師批判は学級や学年を揺るがす大問題に発展するこ ともあるので、慎重な対応が必要である。また、部活動のスポンサーに対する批判を耳に入れたときは、よくわかり もしないのに、学級担任が自分の考えを述べるということは避けた方がよい。即座に批判内容をスポンサーの耳に入 れ、あくまでスポンサーに対応してもらうことだ。部活動には、その競技特有の流儀がある場合も多いからである。

以上、個人面談は、学級担任としての「自信」を基盤に、生徒・保護者を肯定的に見て語る。これを基本スタンスとすべきである。

|

« 実学志向は自殺行為である | トップページ | 学年経営案・2008 »

教育」カテゴリの記事

コメント

そうですか、毛嫌いされますか(笑)。ネットコミュニケーションって難しいですからね。教員のネット世界はまだまだ狭いですから、みんな仲良く、生産的にやればいいのにといつも思います。
今後とも、よろしくお願いいたします。

投稿: 堀裕嗣 | 2008年10月13日 (月) 22時21分

ご回答ありがとうございました。
「余裕のある方」のブログであることがわかり、失礼ながらとても安心しました。
私は比較的、積極的なコメントを入れる方なので、いくつかのブログでは無視されているか、毛嫌いされていますので・・・。
余計なことを書いてしまって失礼いたしました。
今後、私も記事を楽しみにさせていただきます。

投稿: kurazoh | 2008年10月13日 (月) 21時35分

kurazohさん、コメントありがとうございます。基本的にはおっしゃるとおりと思います。ただこれは、最近つとに増えている、必要以上に保護者を怖れ、萎縮してしまう若手教員たちに対するエールです。学級王国をつくろうとのアジテーションではありませんので、ご心配なく(笑)。
また、訪問させていただき、楽しませていただきます。

投稿: 堀裕嗣 | 2008年10月13日 (月) 21時06分

TBいただきましてありがとうございます。
まだこの記事だけしか読ませて頂いておりませんが、中学版「学級王国」の危険性を感じたのでコメントさせていただきます。

>学級担任は、授業、特活、道徳、給食時間や昼休み、部活動と、様々な場面で生徒を観察している

とありますが、中学校で担任クラスの生徒(自分が顧問でない部活に所属している生徒で)と過ごしている時間は、1週間で何時間になるでしょうか。
時間の長さだけで言うと、生徒とその所属する部活動の顧問の方が長くなる可能性がありますね。

>生徒の学校生活を最も理解しているのは学級担任である

総合的な理解はもちろん進んで行う必要がありますが、大事なのは学年や学校の態勢として、必要な情報が学年や学級担任に集まる、そしてそれを担任だけでなく学年の教諭がそれを共有しあう、問題が発生した場合は、その情報収集・意見聴取を急ぐ、そういうシステムが重要であり、むしろ「学級担任」を「学年所属の教諭」とした方が保護者の信頼が増すような気がします。
中学校の場合は「学級担任」より「部活動の顧問」と子ども(及び保護者)が強い信頼関係を結んでいる場合もあり、それが事実なのにあえて「自分が学校で一番よく理解している」と言い切ることは記事にもあったように余計に不信感を高める危険性があるように思います。
面談では、担任に集まった情報を客観的に分析したり、担任の目で見た具体的なエピソードを添えたりして、「主観性」の排除に心がけることを(特に子どもとの関係があまり深くない担任教師の場合は)重視することがポイントではないでしょうか。

投稿: kurazoh | 2008年10月13日 (月) 20時51分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1102197/24472190

この記事へのトラックバック一覧です: 期末懇談十箇条:

« 実学志向は自殺行為である | トップページ | 学年経営案・2008 »